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東京地方裁判所 昭和33年(行)91号 判決

原告 破産者小島清造破産管財人 田淵久米治

被告 四谷税務署長

主文

被告が、原告の訴外株式会社三井銀行目黒支店に寄託した普通預金壱百万円の返還債権につき、昭和三十三年六月十四日に為したる債権差押処分は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として左の通り陳述した。

一、訴外小島清造(以下破産者という。)は昭和三十年一月八日午前十時東京地方裁判所において破産の宣告を受け、原告は同日同裁判所よりこれが破産管財人に選任せられた。

二、被告は、昭和三十年二月四日付にて、原告に対し破産者滞納に係る国税合計金二、〇五七、九五〇円につき、国税徴収法施行規則第二十九条により交付要求をなし、更に同年六月三日付にて、原告に対し、右交付要求による国税を同年同月十三日迄に支払わないときは、破産法第四十七条、第四十九条、第五十条により滞納処分をすることになるから、支払われたい旨の催告書を発し、原告はこれを受領した。右交付要求、及び催告に対し、原告は、被告に対し、破産管財事務の都合上、今直ちに右交付要求に応じ難い旨を回答しておいた。

しかるに、被告は、破産者の滞納にかかる個人再評価税、及び所得税に付加さるべき利子税、延滞加算税等合計金八九七、二九五円の徴収目的のため、原告が破産管財事務に基いて訴外株式会社三井銀行目黒支店に寄託してある普通預金二、三一九、三四五円全額の返還請求債権に対し、昭和三十三年六月十四日差押処分をなした。その後、同年六月二十二日付にて、右差押債権額中金一、三一九、三四五円についてはこれを解除したが、今なお、金一、〇〇〇、〇〇〇円の債権については差押のままである。

三、しかしながら、被告のなした右債権差押処分は左記(一)乙至(五)のいづれの事由によつても、違法なものであるから、取消さるべきものである。

(一)  破産財団に属する財産に対する国税徴収法による滞納処分は、破産宣告前において既に滞納処分に着手している場合においてはこれが続行は妨げない(破産法第七十一条第一項)が、破産宣告後においては、滞納処分はなし得ないものであるのに、本件滞納処分は、破産宣告後になされたものであるから違法である。

(二)  国税徴収法第二条の規定によると、国税徴収金と雖も、破産手続費用に優先して徴収できないものであり、又、破産法第四十七条第一号にいう、破産債権者の共同の利益の為にする裁判上の費用に優先して、同条第二号の国税徴収金を弁済すべき理由はない。本件破産管財事務においては、後記(第五項)の通り、今なお、同条第一号に当る裁判上の費用にしてまだ支払わなければならぬ費用が多額に存し、本件普通預金債権を以て国税に優先弁済すると、本件破産管財事務はこれを遂行し得ない結果にもなる。よつて、前記法条及び、破産管財事務の性質上、本件国税徴収金のみを、他の財団債権に優先して弁済し得ないから、国税徴収金を優先弁済するような結果を招く、本件滞納処分は違法である。

(三)  破産管財人は破産財団に対し管理権と処分権とを有するけれども、破産者の特定若しくは一般承継人ではないから、納税義務の主体たり得ないし、勿論、国税徴収法による滞納処分の対象となり得ないものである。しかるに、本件滞納処分は破産管財人たる原告に対してなされたるものであるから、その対象を間違えたものとして、違法である。

(四)  破産管財人は破産法第百九十七条乃至第二百条の規定により、財団債権といえども、これが、承認をするには、監査委員の同意、或は、債権者集会の議決、若しくは、破産裁判所の許可等の手続が必要であり、又、このような手続を経るにつき、破産管財人としては、国税徴収金といえども、その交付要求額が事実に適合するものか、或は、財団債権と認めるべきか否かについて、調査をし、決定をしなければならない。従つて、破産管財人は国税徴収金といえども、その独断でもつてこれを納付し得ないのであるから、前記の手続を経ず、破産管財人の独断で納付するのと同じような結果に至るべき本件滞納処分は、破産法上設されないものであり、違法なものである。

(五)  以上(一)乃至(四)で主張する違法事由が認められないとしても、被告は、昭和三十二年十月十七日付を以て破産財団に属する新宿区新宿二丁目五十三番地家屋番号同町五十三番の九木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十七坪九合九勺二階二十六坪五合三勺外一筆の家屋に対し滞納処分として差押をなしているのにかかわらず、更に、本件債権差押をなしたることは、二重に差押えを為すものであるから、本件債権差押が違法たることを免れるものではない。

四、原告が本訴を提起するのに、国税徴収法所定の、再調査、又は審査の決定をまたずに為した事由は左のとおりである。但し、原告としては、一応、被告に対し、昭和三十三年七月十二日付で本件滞納処分について再調査請求をしている。

原告は本件破産管財事務処理について、破産財団の構成に努力しているけれども、原告が当事者である訴訟事件として東京地方裁判所に係属中のものが、(1)昭和三十一年(ワ)第一、六六六号、否認権行使による弁済金返還請求事件(被告協和銀行・訴額二、四三〇、五三七円)(2)同年(ワ)第八、二一〇号定期積金並否認権行使に因る配当金返還請求事件(被告光信用金庫・訴額三、七二三、九八〇円)(3)同年(ワ)第九、六九四号定期積金並否認権行使に因る弁済金返還請求事件(被告東京都民銀行・訴額二、五三二、〇七〇円)(4)同年(ワ)第九、三三四号否認権行使に因る土地建物所有権回復請求事件(被告平和相互銀行・訴額三九、九五〇、〇〇〇円)(5)同三十年(ワ)第六、七六五号否認権行使に因る弁済金返還請求事件(被告倉田ミノ外二名・訴額一四四、〇〇〇円)外八件あり、右(1)の事件については、昭和三十四年一月二十四日、原告大部分勝訴の判決があり、(2)の事件については、同年一月三十一日に、(3)の事件については、同年二月七日いづれも判決言渡期日が指定されており、右各事件判決による仮執行を為すに要する保証金は右三事件の合計だけでも金二、八〇〇、〇〇〇円位を必要とする見込みであり、この外にも昭和三十四年四月頃迄に口頭弁論が終結される事件は五件あり、これらの保証金を合すると更に多額となる。又、右(4)の事件については、請求拡張の必要があり、その申立に要する追貼印紙額は金二〇〇、〇〇〇円、(5)の事件についても同様に、追貼印紙額金一二五、〇〇〇円が必要であり、更に別に、新宿区新宿二丁目五十四番地家屋番号同町五十四番の二十の家屋に関し、裁判上の和解調書に基く所有権移転登記手続費用金三〇〇、〇〇〇円も至急必要とされている。その他、訴外伊土岩蔵、同田中勝治郎外二名に対し債務支払金返還請求訴訟を提起する必要があり、その費用として既算金三六、〇〇〇円、又、財団所属の不動産十筆に対する鑑定料金八万円等、破産法第四十七条第一号に該当すべき裁判上の費用としても、差当り、右に記載した金額を要する他、破産管財事務処理上一ケ月に金四七、四一一円宛の費用が必要である。

以上の費用は国税徴収法第二条により、国税に優先するものであり、かつ、破産管財事務処理上緊急を要する費用にして、本件差押にかかる預金よりこれを支出しているものであるから、再調査審査の決定を待つて訴を提起していると、破産管財事務処理上著しい損害があり、又、その事務それ自体の処理が困難になる虞があり、従つて、右再調査、審査の決定を得ることなく、本訴に及んだものである。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、請求原因に対する答弁、並びに被告の主張として左のとおり陳述した。

請求原因第一項、同第二項の事実及び同第三項の(五)の内原告主張の家屋の差押を為した事実(但し、右差押は、昭和三十三年六月十六日付で解除した。)、原告が、その主張の日に再調査請求をなした事実はいづれも認める。同第四項記載の破産管財事務処理上の費用、原告を当事者とする訴訟事件係属の事実は知らない、その余の原告主張の事実は総て争う。

破産宣告後に滞納処分を為すことが、何ら違法でない所以は、別紙(昭和三十三年七月十七日付準備書面)記載の通りであり、その他、本件差押処分には違法な点はなく、原告の本訴請求は失当である。

(証拠省略)

理由

訴外小島清造(以下破産者という。)が昭和三十年一月八日午前十時東京地方裁判所において破産宣告をうけ、原告がこれが破産管財人であること、被告が原告に対し、昭和三十年二月四日付で破産者滞納にかかる国税合計金二〇五七、九五〇円につき国税徴収法施行規則第二十九条による交付要求をなしこれに対し原告において右国税を納付しなかつたところ、被告は原告が破産管財事務に基いて訴外株式会社三井銀行目黒支店に寄託している普通預金二、三一九、三四五円の返還請求権に対し、昭和三十三年六月十四日破産者滞納の国税金八九七、二九五円の徴収目的のため差押処分をなしたこと、その後同年六月二十二日、被告は右差押債権額中金一、三一九、三四五円について差押解除したが、金一、〇〇〇、〇〇〇円については差押のままである事実は、いづれも当事者間に争ない。

そうして、被告の為した右差押処分に対し、原告が昭和三十三年七月十二日再調査の請求をなしたことは当事者間に争いなく、右再調査請求に対し、本件口頭弁論終結当時(昭和三十四年一月二十八日)右再調査請求に対する決定が為されていないことは弁論の全趣旨により認められるから、原告が、再調査、又は、審査の決定を待たずに本訴を提起したことに関しては、右再調査請求の日より口頭弁論終結時迄に六ケ月以上の期間が経過しているし、原告が本訴提起前に交付要求に対し直に納付し得ない事情を理由を附して被告に通知したことは成立に争ない甲第二号証の一、二によつて明かであるので、本件差押処分に対して再調査の請求をなしても被告の容れるところとならないであろうことは本件事実の性質上推測に難くないところであるから原告主張の各具体的な正当事由の有無について判断するまでもなく、本件訴は、国税徴収法第三十一条の三の二第一項の要件を充しているものというべきである。

そこで、本件滞納処分が適法か否かについて考えるに、当裁判所は左記理由により、破産宣告後は、新たな差押処分を為し得ないものと解するから、本件差押処分は違法なものと考える。

(イ)  租税債権等の公法上の金銭債権と、その他一般私法上の金銭債権とはその性質を異にし、前者には所謂自力執行を認め、行政権自らが国税徴収法及び同法施行規則等の規定による滞納処分等の強制手段によりその債権の満足を図り、後者は民事訴訟法等に定める強制執行の手続により司法裁判所の協力によつてその債権の実現を図るわけである。そして、この両者の手続は、いづれも債務者の財産を換価して満足を得ることを目的として行われるものであるから、両手続が相前後して同一の目的財産に対して行われうるかについては、これを明かにする法律の規定がなく消極に解すべきものとされておる。それは両者の執行機関の権限の交錯を生じ、混乱を招く結果となるからである。しかしながら一方の手続がさきになされたときには他方の手続はなし得ないとすることは不合理であるため国税徴収法強制規則第二十九条は強制執行手続が先行している場合には、公法上の債権は強制執行機関に対し交付要求を為し得ることを規定していたが、逆の場合については何等の規定がなかつたそこでこの両者の執行手続相互間の調整を図るため滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律(昭和三十二年法律第九十四号)が制定されたわけである。

次に、右両手続と破産の場合の関係について考えて見ると破産宣告とともに、債務者の総財産は破産管財人の管理処分権の下に置かれるという特殊な状態が現出し、しかも、破産手続が債務者の総財産を換価して債権者に対する平等配分を目的として行われるものである関係上、破産宣告前になされた強制執行は原則として効力を失うものとしたが(破産法第七十条)、国税徴収法国税徴収の例による滞納処分は破産宣告によつてその続行を妨げられない旨を規定(同法第七十一条第一項)している。

(ロ)  ところで、破産法においては財団債権なるものを認め、財団債権は破産手続によらず破産財団より随時優先的に弁済する旨規定し(第四十九条、第五十条)、国税徴収法又は国税徴収の例により徴収することができる請求権(以下単に国税等の債権という。)を財団債権としている(第四十七条第二号)。しかしながら、国税等の債権は右第四十七条の他の各号の財団債権、或は、同法により定められたその他の財団債権が、いづれも破産手続に伴つて生じ又は、破産という特殊な事態に応じて発生した共益的な債権であることと比較してみても財団債権というよりは、むしろ、破産債権と同質の債権であつて、財団債権としては異質的なものと言わざるを得ず、他の財団債権と同一に考えることは妥当でないと考える。しかるに、破産法において、国税等の債権を特に財団債権と為した所以は、破産手続が一般の強制執行手続等に比べてその手続終結までには相当長期間を要するものである点及び国税等の債権の有する公益性に鑑み、迅速なる弁済を受けられるようにする趣旨から出たものと解することができる。

(ハ)  一方、破産手続は包括的な強制執行手続で、原則として個別執行が禁じられているのであり、財団債権の強制執行については破産法上明文の規定はない。しかるに、国税等の債権に限り前記同法第七十一条第一項に破産宣告前に着手していた滞納処分についてのみその続行を妨げない旨規定している。更に、同法第五十一条の財団債権平等弁済の原則、或は、同法第二百八十六条の規定の趣旨並びに後記国税徴収法、同法施行規則の諸規定の趣旨等を綜合して考えると、破産宣告後においては新たな滞納処分による破産財団に属する財産の差押に着手し得ないものと解する。

(ニ)  次に、国税徴収法同法施行規則の破産の場合についての規定を見るに、同法第二条第六項の破産手続費用優先の規定、同法第四条の一第四号の破産宣告を受けたときには繰上徴収ができる旨の規定、同法第十条二項の繰上徴収における滞納処分としての財産差押について特に破産の場合を除外する旨の規定及び同規則第二十九条の交付要求の規定等があるけれども以上の諸法条はいづれも破産の場合を他の一般の強制執行の場合と同様にして規定しているのであり、他に、破産の場合について特別な規定はない。従つて、国税徴収法同法施行規則においては破産宣告があつた場合と、その他の一般の強制執行を受けた場合とにおける国税等の徴収方法を別異に考えていないというべきである。

そうであるならば、一般の強制執行を受けた場合においては国税等の債権は同法施行規則第二十九条による交付要求を為し得るに止まり、更に差押を為すことを得ないものと解すべきことは、前記の通りなのであるから、包括的な強制執行としての破産の場合においても、右一般の強制執行の場合の理由と同じ理由でもつて、更に新たな滞納処分としての財産差押を為し得ないものと解するのが相当である。

(ホ)  以上要するに、我国の法律においては一般私法上の債権と国税等の債権との各満足を得る方法を、原則として全く別個の手続に係らしめているのであるから、国税等の債権は国税徴収法同法施行規則の定めに従つてその満足を得れば足りるのであり、右法規に何ら特別の規定がないのに、一般私法上の債権の包括的執行に関する破産法において財団債権とされ、財団債権は破産手続によらずに弁済できるという破産法上の規定の存することを理由に、直ちに、国税等の債権が破産宣告後においても滞納処分として破産財団に属する財産を差押えられるとの結論を導き出すことは、前記(イ)ないし(ニ)の諸点から当を得ないものというべきである。

(ヘ)  被告は破産宣告後は滞納処分ができないと解すると、破産管財人の支払方法如何によつては、他の財団債権者の立場が国税等より有利な立場に立ち、公益上の必要から特に国税等の債権を財団債権とした法の趣旨は没却され、不当であると主張するが、破産管財人の支払方法による財団債権者間の不平等の点は、もし、破産管財人が国税等の債権のみ多額に弁済し、他の財団債権に対する弁済を遅らせた場合には、破産法上国税等の債権と同列の地位にある財団債権が不当に不利益となる結果になる。

破産法は破産手続を破産管財人の統一的な規制に服さしめ、その手続の円滑な進行を期しているのであり、同法第四十九条の随時弁済の規定も、破産管財人が破産手続の進行に応じ、時には財団債権に対する弁済をなし、時にはその弁済を為さないこともあることを予定した所以によるものと解せられる。もし、破産管財人が故意に財団債権に対し不平等な弁済を為すようなことがある場合においては、破産裁判所の監督権の発動を促せば足りることである。又、本来財団債権となすべきでない性質の国税等の債権が、財団債権として破産手続によらずに弁済を受けられるということ自体、それが任意弁済に止まる場合でも、その公益性は十分満足させられているというべきである。従つて、被告の右主張は国税等の債権が破産宣告後において新たに差押を為し得る理由となすことは適当でない。

(ト)  更に、被告は財団債権は個別執行が許されるから、国税等の債権も破産宣告後の新たな滞納処分を為し得ると主張する。財団債権に個別執行が許されるか否かの点は、我国の学者間においても争いのあるところでにわかに何れとも決し難いけれども(当裁判所としては消極説を適当と考えるが。)、個別執行が許されると解する立場をとつても、前記の通り国税等の債権は他の財団債権とは性質を異にする点及び破産法、国税徴収法、同法施行規則の諸規定を綜合して考えると、破産宣告後は新たな滞納処分は許されないと解すべきことは前説示の通りであるから、被告の右主張も失当というべきである。

以上、述べたように破産宣告後においては、新たな滞納処分はこれを為し得ないものと解するから、冐頭認定の事実関係の下における本件債権差押処分は違法な処分にして取消すべきである。

よつて、その余の点についての判断を為すまでもなく、本件債権差押処分の取消を求める原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

(別紙)

準備書面(昭和三三年七月一七日)

本件差押の適否は、破産宣告後滞納処分に着手することができるかどうかの法解釈の問題にかかつているが、被告としては、次に述べるような見解に基いて本件差押を行つたのである。

一、本件差押の基礎とした国税債権は、破産宣告前の原因に基くものであるから、財団債権に属することはいうまでもない(破産法四七条二号)。

ところで、一般に財団債権については、債権者は、破産手続によらず随時弁済を求めることができるし(同法四九条)、破産管財人としても、その責任上破産財団より先ず弁済すべきものであるから(同法五〇条)、破産管財人が任意に弁済しない場合、財団債権者が破産財団に属する財産について、破産管財人を相手方として強制執行を行いうることは極めて明らかである(同旨兼子一著強制執行・破産法(法律学講座)四二頁、小野木常著破産法概論八八頁、竹野竹三郎著破産法原論上巻二三頁、斎藤常三郎著破産法(新法学全集)八七頁)。しかして、等しく財団債権である国税債権が、個別執行の能否の点において、他の財団債権と区別して扱われるべき実質的理由はない。したがつて、国税債権以外の財団債権について、破産宣告後も強制執行ができると同様に、国税債権についても、破産宣告後滞納処分に着手できるものと解すべき余地は十分にあるものということができる(同旨菊井維大著破産法概要一〇七頁、詳細は、法学新報五九巻一二号二三頁以下の同教授の「財団債権の行使」と題する論文参照、兼子一、恒田文次共著、破産、和議(実務法律講座(九〇頁)。

二、ところで、裁判例としては、破産宣告後新たに滞納処分をすることはできないとし、収税官吏が破産管財人から任意に支払をうけることができないときは、破産裁判所に対する監督権の発動を促して救済を求めるべきである旨判示した裁判例が見受けられる(東京控訴院昭和一五年三月四日判決、法律評論二九巻諸法三〇一頁)。また、学説としても、この判決の見解にそう学説もあつて、しかもそれは必らずしも少数であるとはいえない。しかして、破産宣告後の滞納処分の可能性を否定する論拠については、ある学説は、(一)破産管財人は、破産的一般執行の公の機関であるから、収税官吏が破産管財人に対し滞納処分を行うときは、国家の公の機関が、同様の性格をもつ機関に対し滞納処分を行うことになつて不当であること、(二)国税徴収法施行規則二九条は、破産の場合、既に着手した滞納処分を止め新たに滞納処分を開始しないことを規定したものとみるべきこと及び(三)破産法七一条一項の反面よりの推論を挙げられ(加藤正治著破産法研究七巻二一頁以下、前野順一著、破産法(三省堂コンメンタール叢書)一〇四頁も同旨)、また、ある学説は、(一)破産宣告後滞納処分に着手することを許すと、破産法五一条の割合弁済の原則及び同法二八六条の制限を破るに至るし、(二)国税徴収法施行規則二九条から、破産宣告後の滞納処分が許されないことを推知できる、とし、これらの点を論拠として消極説をとられている(斎藤常三郎著日本破産法三〇一頁)。

三、しかし、消極説の論拠とせられる右の諸点は、次に述べるように、必らずしも破産宣告後の滞納処分の可能性を否定する論拠とするに足りないものと考えられる。

(一) 破産管財人の法律上の地位を国家機関とみない立場に立てば、破産宣告後の滞納処分が公の機関に対して行われることにはならないから滞納処分の相手が破産管財人となることをもつて、破産宣告後の滞納処分を定否する論拠とする余地はない。また、かりに破産管財人を国家機関とみても、そのことは破産宣告後の滞納処分を肯定することの妨げにはならない。すなわち、破産管財人の地位について、後者の立場をとる学者も、財団債権一般について、破産管財人がその債権の成立を争い弁済をしないときは、財団債権者は、破産管財人に対し訴を提起できるものとされるのであるが(加藤正治著前掲破産法研究七巻二一頁以下)、そうである以上、その訴訟の目的とされた同一の請求権の実現手続について、破産管財人が相手方となれない筈はないし、また訴の提起をもつて債権の存在を確定する必要のない国税債権の実現手続としての滞納処分についてのみ、右の例外を認めなければならない理由はないからである。殊に、破産法は、別除権の行使が破産手続によらないで行われることを認め(同法九五条)、別除権者が破産管財人を相手方として、競売法による競売手続等をとりうることを当然のこととしているのであるから、財団債権者の個別執行についてのみ、破産管財人の法的地位を強調して、これを否定することは、いささか根拠に乏しいものといわなければならない。

(二) 国税徴収法施行規則二九条は、納税人が破産宣告をうけたときは、収税官吏において、破産管財人に対し滞納税金等の交付を要求すべきことを規定しているが、元来、交付要求の制度は、滞納処分を行わなくても、租税債権の満足をうけることができるとされる場合に、簡便に債権の満足をうける手段として認められたものであつて、滞納処分に代る制度ではないから、交付要求をしたからといつて、滞納処分が全くできないとされるいわれはない。もし、滞納処分を禁じ、交付要求のみにとどめようとすれば、例えば企業担保法二八条のような特別の規定を要するものと解するのが相当である。ところが、破産法はもとより国税徴収法、同法施行規則のいずれにおいても、交付要求をした後における滞納処分を禁じた規定は全然存しない。

したがつて、国税徴収法施行規則二九条の存在は、別段破産宣告後の滞納処分を否定する論拠にはならないものという外ない。

(三) 破産法七一条一項は、滞納処分のできる債権を同法四七条二号により財団債権としたため設けられた規定であるが、かかる債権も財団債権である以上、破産宣告後も滞納処分を続行できることは当然のことであり、このことは、破産債権についての強制執行が破産宣告によつて失効することを規定した破産法七〇条一項の反面解釈上も明らかであつて、この点からのみ考えれば同法七一条一項は当然のことを注意的に規定したものに過ぎないということができる。ただ、破産法は他の財団債権について、同項と同旨の規定を設けていないので、何故に滞納処分についてのみ破産宣告後これを続行できることを規定したかの点について疑問が生ずるが、これは、滞納処分のできる債権を除く他の財団債権が、原則として破産宣告後に生じた債権であること、及び破産宣告前に生じた債権で、しかも財団債権とされるものであつても、破産宣告前から強制執行が行われていることを予想される債権がないことによるものということができよう。それにしても、滞納処分についてのみ、破産法七一条一項のような規定がおかれているところから、一応この規定の反面解釈が成り立つかのようであるが、破産宣告によつて、破産財団の管理及び処分権限が破産管財人に専属し(破産法七条)、破産者がこれらの権限を失うことに想到すれば、破産法七一条一項は、破産宣告後もなお滞納処分の相手方を破産管財人に変更することなく、従前通り破産者を相手方として滞納処分を続行できるとしたことに特に規定をおいた意味があるものとみるべきであろう。

したがつて、破産法七一条一項の反面解釈が成立つ余地はないものといわなければならない。

(四) 破産法五一条は、破産財団が僅少で、財団債権すら完全に弁済できない場合に、未弁済債権額の割合に従つて平等に弁済すべきことを規定しているが、この平等弁済は、財団債権の未払部分についてのみ行われるのであつて、既払部分にまで遡るわけではないし、一方破産管財人は、財団不足のことを自覚するまでは、破産財団の額を顧慮せずに順次支払つてよいのであるから(加藤正治著、破産法要論一一七頁)、同条の存在は、財団債権者に個別執行を許すことの妨げになるものではない。もし、財団債権者が、個別執行できず、破産管財人からの支払をまつ外ないとすれば、破産管財人の支払方法の如何によつては、全額弁済をうける債権者と平等弁済をうけるにとどまる債権者が生ずることもあり、その場合、両者の間に著しい不公平をもたらすことになる。殊に、財団債権者への支払順序が、債権者の請求の順序でなく、全面的に破産管財人に委ねられていることから、なおさら右のような不公平な結果が生ずることを是認することができないのである。

ところで、財団債権者に個別執行を許すときは、債権者以外の者の意思によつて不公平な結果が招来されないばかりか、破産管財人の支払に全面的に依存する場合よりも却て割合平等の原則が貫かれることになる。何故なら、滞納処分以外の民事訴訟法、競売法等に基く執行においては、配当金が各債権者の債権金額を満足させるに足りないときは、権利の優先順位に応じ、同順位のときは金額に応じて、平等に、それぞれ配当されることになつているし、また、国税債権等に基く滞納処分にあつても、これらの債権は、これに優先する債権(例えば、破産手続上の費用――国税徴収法二条六項)よりも先んじて徴収しないこととされており、しかも、これらの執行においては、配当に異議ある債権者に対し法律上の救済をうけられる途を開いているからである。

(五) 破産法二八六条は、配当すべき金から弁済をうけることができない旨規定しているから、かかる財団債権者に対する関係では、配当すべき金は、執行の対象物とはならない。これは、恰かも、相続人が限定承認をした場合に、被相続人の債権者に対する関係で、相続人固有の財産が執行の対象物とならないのと同様である。したがつて、同条の存在は、財団債権(租税債権を含めて)について破産宣告後の個別執行を許さないとすることの論拠にはならない。

(六) なお、前記二項に掲げた裁判例及び学説は、破産管財人が国税の支払を怠るときは、破産裁判所の監督権の発動を促がせば足りるとするのであるが、果してそれのみで足りるであろうか。菊井教授の言を借りれば、「監督は、結局被監督者に直接その行為を改めさせる力はなく、精々その解任という辻路に辿つて間接にその目的を達する外なく、新任者に対しても、また、その辻路をくり返す可能性も存すべく、隔靴掻痒の欺を重ねる危検も存しうるのである」(菊井教授の前掲論文参照)から、破産裁判所の監督作用に委ねることをもつて足りるとすることは到底できないというべきである。

四、しかして、実際上も、もし、国税債権について、破産宣告後滞納処分ができず、破産管財人からの支払をまつ外ないとすれば、破産管財人の態度如何によつては、納税者の立場は破産宣告前よりも遙かに有利な立場におかれることになり、殊に破産管財人によつて、国税よりも他の財団債権者に先ず支払が行われることにでもなれば、法律上の救済方法が与えられないまま、国税は、往々破産法五一条による割合弁済を受認する外ないという結果になり、かくては、公益上の必要から特に国税債権等を財団債権とした法の趣旨は全く没収されることにもなる。さらに、国税債権は、財団債権であつて、本来破産手続参加としての債権届出を要しないため、破産宣告後滞納処分ができないとすれば、破産管財人の支払延滞によつて、時効中断の措置も購ぜられないまま、ついには消滅時効が完成するという結果も招来される(破産法二二八条、民法一四七条、一五二条、参照)、したがつて、こうした点から考えても、滞納処分については、破産宣告にかかわらず、一般の場合と同様、納付義務者からの任意履行がない以上、これを行うことができるものと解すべき必要がある。

五、かくして、被告は、破産宣告後も滞納処分を行うことができるとの結論をえ、本件差押を行うに至つたのであつて、原告のいうように暴挙を敢えてしたのでは決してない。

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